Meet the Expert
QOL調査から紐解く血友病患者の心の健康状態と心理学的アプローチ
東京大学医科学研究所附属病院 関節外科診療科長
「血友病患者のQOLに関する研究」分担研究者
竹谷 英之 先生
荻窪病院 血液凝固科 臨床心理士/公認心理師
「血友病患者のQOLに関する研究」運営委員
小島 賢一 先生
若年層の身体状態は良好であるものの、関節症予防に懸念
(竹谷)2020年4~9月に血友病患者のQOLに関する調査を行った。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期と重なったため回答数は減少したが、集まった意見は調査協力の意識が高いものと推察している。その調査結果の中で、注目したポイントを簡単に紹介したい。
血友病患者の身体・心・全般的な健康状態を調査したところ、若年層(18歳以上40歳未満)では身体の健康状態が他の年代より良好だった。幼いころから定期補充療法を行ってきたことが大きく寄与していると考えられる。ただしさらに若い18歳未満では、自身の疾患について十分に理解できず、定期補充療法の重要性を認識していない患者が増えてきているように思う。このままでは成長して親元を離れ、初めて関節内出血を起こした際、それを出血と理解できなくなる可能性がある。出血による苦い経験がないと、自身の疾患について教わったことを忘れていってしまうのではないか。内出血を起こし膝が痛いにもかかわらず、そのまま放置して悪化するようなケースが増えていくのではないか。成長過程で繰り返し疾患教育する必要がある。
18歳未満で過去5年間に関節US(超音波検査)および関節MRIを受診した割合が3割程度にすぎなかった点にも注目した。若年期からの血友病性関節症(以下、関節症)予防は、将来のQOL維持の面でも非常に重要である。診察の際は整形外科医でなくとも、とにかく関節、特に痛みが出やすい足関節を触って、患者自身の言葉をそのままカルテに記録してほしい。辞書に載っていないような独自の表現であれ、その言葉を追っていくことで、痛みの有無だけではない患者のさまざまな変化にも気付いていけるだろう。
身体の健康状態が加齢とともに低下していたのに対し、心の健康状態を良好と感じている割合は年代を問わず約30%で並んでいた。若年層で身体と心の健康状態を比較すると、良好と回答している割合に大きなギャップが見られる(図)。今後は、関節症予防を念頭に置いた身体活動レベルの維持とともに、いかに「こころのケア」を並走させていくかが課題となるだろう。
各年代におけるアンメットニーズを把握、それに応じた「こころのケア」を
(小島)若年層では身体と心の健康状態に大きなギャップがあり、これは活動への希求性の個人的相違に由来していると考えられる。例えば本調査では、スポーツへの満足度が低い患者ほど、心の健康状態は良好という結果が出ている。単純に考えると逆の結果が出るはずだが、「現状に満足していない」という意欲の高さが若年層の心の健康状態維持に影響しており、活動に満足することはある種の諦念を含んでいるのではないかと思われる。
長年多くの血友病患者と接してきて感じるのは、同じように心の健康状態を評価していても、それを左右する因子は年代ごとに異なるということだ。これは血友病の歴史や治療の進歩が密接に関わっていると考えられる。例えば、今の40代の多くの患者が「孤独になる」ということに不安を感じている。明確な数字があるわけではないが、彼らは若年期に薬害HIV事件を経験しており、事件の影響で差別を感じて生存に自信をなくし、結婚を諦めた例も少なくない。その世代の患者が中高年になって、将来の社会的孤立に対して不安を強めているのではないだろうか。
一方若年層では、定期補充療法の浸透により出血でつらい経験をしたことがないため、思春期には治療そのものに抵抗や疑問を感じる患者が増えてきている。患者会があれば、「自分は普通にできるのに血友病の制限を受けている」という違和感に、先輩たちがどのように向き合ってきたかを知ることができよう。ただし、患者会がない地域もあり、血友病を熟知した看護師や臨床心理士らの数も足りていないのが現状だ。今後、オンラインで遠方の専門家に相談できるシステムの構築や、日本血栓止血学会による拠点病院の迅速な整備が求められている。
臨床で私が大切にしているのは、相手に話してもらうという姿勢だ。例えば、「テレワークでは運動不足になるけど、その間は大丈夫だった?」と、具体的な話題を振ってみる。そうすると「変わりないです」とだけ答えていた患者も、「そういえば足首が少し痛い」と答えてくれたりする。また、「まあまあです」と言う患者に「まあまあというのは何かあったの?」などとぼんやり聞いて、反応を待ってみることもある。どちらの場合でも答えを急かさず、考える時間をつくって好きなように話してもらうことにしている。
患者が部屋を出ていく際のドアノブコメントが重要なことも往々にしてある。席を立ったときに「聞き忘れたことはありませんか?」と声をかけてコメントをもらっておき、次回の診察時に続きを話してもらうのもよいかもしれない。
血友病患者は同じ病院に長く通う場合が多い。少しずつ会話を重ねるだけで、反応は随分変わってくるだろう。むろん多忙な外来診療の中で時間の確保は困難だ。看護師やソーシャルワーカーらの協力を得て、診療情報だけでなく「こころのケア」のヒントになる雑談を共有できるような連携も重要だろう。
図.18歳以上の患者の身体・心・全般的な健康状態
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