Meet the Expert
血友病性関節症予防を再考する
独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター
血友病科GM/感染症内科医長
西田 恭治 先生
血友病患者のQOLは定期補充療法の浸透により飛躍的に改善した。一方、過去5年間に血友病性関節症(以下、関節症)予防のための関節診察を受けていない血友病患者は3割程度存在し、特に18歳未満の若年者では半数にも上るという報告がある(図)1 。ひとたび関節症を発症すると、関節可動域の制限や筋力低下、そして痛みによって日常生活に多くの支障が生じてしまう。あらためて、関節評価の重要性について考えてみたい。また、血友病は心理的な面なども含めたComprehensive Care(包括医療)システムが不可欠な疾患であるため、診療連携体制の在り方についても検討する。
定期的な関節評価と具体的な問いかけを
定期補充療法が浸透し、血友病患者の出血イベントが激減する中、なぜ定期的な関節評価が必要なのか。理由は大きく2つ考えられる。まず若いころに定期補充療法がなかった中高年の血友病患者は、現在新たに出血を来していなくても、若年期の出血経験から関節症を発症している可能性がある。関節症は加齢とともに進行する可能性があるため、経時的なチェックが必要だ。もう1つが若年層や軽症者のケースだ。いくら定期補充療法が浸透したとはいえ、患者が自覚せずに出血していることもあり、そういった微小出血による関節症は検査で初めて判明することが多い。これらの点から、少なくとも2年に1回は患者の関節評価を行ってほしい。
また、医師は日々の診療の際にも積極的に関節の状態を確認すべきだ。患者は大抵、「大丈夫です」とか「変わりありません」と答えるものだが、それは患者にとって「大丈夫」なだけで、知らず知らずのうちに関節症が進行している可能性もある。そのため、「以前出血していた右の足首の調子はどう?」とか、「肘は大丈夫と言っているけど、洗顔のときにしっかりと曲げられる?」など、具体的かつ積極的に問いかけていく姿勢が必要であろう。
NSAIDは「痛み止め」ではなく「抗炎症薬」
出血の有無にかかわらず、日本は欧米よりも関節痛のケアを重要視していないと感じることがある。世界血友病連盟(WFH)のガイドラインでは、痛みに対する対処法が系統立てて記載されているが 2 、日本はその点にあまり踏み込んでいないように思われる。特に、非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAID)の使用を控える傾向にあり、これには患者と医師双方からの理由が考えられる。
NSAIDはその名の通り、炎症を抑えることで鎮痛や解熱作用をもたらすものだが、「抗炎症薬」とは呼ばずに「痛み止め」という言葉で処方する医師が多い。すると患者は、単に痛みを止めるだけの薬だと認識して、「痛みなら我慢できる」、「痛みには負けないぞ」と自らハードルを設けて使用を控えてしまう。こうした「精神論」的な態度によって、本来抑制できるはずの炎症を抑えられないケースが往々にしてある。
また医師側にも、NSAIDは血小板凝集に影響を来すことがあるため、血友病患者には使いにくいとの漠然とした懸念がある。しかし、アスピリンを除いて多くのNSAIDは臨床的には影響がなく、とりわけ、シクロオキシゲナーゼ(COX)-2選択的阻害薬などは懸念すらない。処方の際、メリットとデメリットを比較衡量するのが医師の役割であり、非出血性の炎症を抑えるNSAIDのメリットは重視すべきだろう。
慢性的な関節腫脹・疼痛に血液凝固因子製剤の注射を繰り返しても効果がないという患者に、「痛み止め」ではなく炎症を抑える薬剤であることを強調してNSAIDを処方したところ、改善が認められるケースは多い。当然のことながら、血友病患者も出血に起因しない関節痛を経験する。NSAIDというだけで過剰な拒否感を抱く姿勢を見直す必要があるのではないか。
血友病患者のかつての平均寿命は18歳だった
1960年代後半に米国で血液凝固因子製剤が登場して以降、血友病は早くからComprehensive Careが試みられてきた。以来、さまざまな診療科の医師や看護師、カウンセラーなどが連携しなければならない疾患であるという認識が共有されている。日本では小規模の医療機関が近隣の患者を診る機会が多いため、全ての診療科をカバーすることは不可能で、医療機関同士の連携が不可欠となる。自身が所属する医療機関の得手・不得手をしっかりと把握し、近隣の医療機関と補完し合うネットワークづくりが非常に重要である。
血友病医療は、多くの疾患の中でも模範生と呼ばれている分野だ。短期間に治療法が劇的に進歩し、現在も進歩を続けている。私が医学生のころ、血友病患者の平均寿命は18.3歳と教わった。成人まで生きられる患者はまれで、仮に成人しても多くは重篤な関節障害を残すだろうと。しかし、わずか1世代の間に血友病治療は様変わりしたのだ。ということは、これからの1世代においても、我々が想像できないような進歩が期待できるかもしれない。まだまだ血友病医療は終着点ではない。その点を意識し、是非未来に向かってキャッチアップしていきたいものである。
図a.ここ 5 年間に受けた関節診察の頻度(全体:382例)
図b.ここ 5 年間に受けた関節診察の頻度 (18歳未満:78例)
- 血友病QOL調査委員会.「血友病患者のQOLに関する研究」令和2年度調査報告書.
- Srivastava A, et al. Haemophilia 2020; 26 Suppl 6: 1-158.
PP-JIV-JP-0786-24-03